- 2025/12/30 07:00
11月19日、スマホゲーム「MLB PRO SPIRIT」で、往年の名選手を獲得できるガチャがスタートした。同ゲームは「メジャスピ」の略称で親しまれており、実在のメジャーリーガーを獲得・育成し、自分だけのチームを作ることができる。
また、期間限定で様々な選手が登場し、イベントの累計報酬や「ダイヤ」を使用してガチャをまわすことで獲得できる。19日にスタートしたガチャは「LEGEND第2弾」で、各チームを代表する〝レジェンド〟たちが登場している。レジェンド1名を確定でゲットできる記念ガチャもあり、250ダイヤで1回(10連)、ひとり2回までまわすことができる。この記事では「LEGEND 第2弾」に登場するナ・リーグのレジェンドたちを紹介する。
ジャッキー・ロビンソン 二塁手

| WAR | 試合 | 安打 |
| 63.9 | 1416 | 1563 |
| 本塁打 | 打点 | 盗塁 |
| 141 | 761 | 200 |
近代メジャーリーグ初の黒人選手として知られるロビンソン。メジャーリーグにおける〝人種の壁〟を取り除こうとしたブランチ・リッチー(当時ドジャース会長)との巡り合わせを経て、1945年にドジャースと契約。1947年に一塁手としてデビューすると、俊足を活かして29盗塁をマークし、新人王に選出された。
1979年には全試合に「4番・二塁」で出場。打率.342、37盗塁の好成績を残し、MVPを獲得した。1956年のシーズンオフにジャイアンツへのトレードを打診されるもこれを固辞し、現役を引退。その功績を讃え、ロビンソンが着けた背番号「42」は全球団共通の永久欠番となっている。妻・レイチェル氏は現在も存命である。
フアン・サミュエル 二塁手

| WAR | 試合 | 安打 |
| 17.0 | 1720 | 1578 |
| 本塁打 | 打点 | 盗塁 |
| 161 | 703 | 396 |
俊足巧打の二塁手。メジャー2年目の1984年に70盗塁をマークし、ドワイド・グッデン(メッツ)と新人王を争った。三振が多く、1984年から4年連続でリーグ最多三振を記録した。
アンドリュー・ジョーンズ 中堅手

| WAR | 試合 | 安打 |
| 62.7 | 2196 | 1933 |
| 本塁打 | 打点 | 盗塁 |
| 434 | 1289 | 152 |
ブレーブスの球団史に燦然と輝くスター外野手。1998年から10年連続でゴールド・グラブ賞を獲得した守備に加え、通算434本塁打の打撃力を誇った。2013年から楽天イーグルスでプレーした。息子のドリュー・ジョーンズはダイヤモンドバックスのマイナーでプレーしている。
アーロン・ハラン 先発投手

| WAR | 試合 | |
| 20.0 | 387 | |
| 勝 | 敗 | セーブ |
| 128 | 143 | 0 |
| 防御率 | 三振 | K/BB |
| 4.26 | 1842 | 2.59 |
2メートルを超える長身から剛速球を投げた先発右腕。2006年には最多勝(16勝)と最多奪三振(216三振)を記録した。完投能力が高く、通算で15完投をマーク。2007年7月のブルワーズ戦ではひとりで10イニング(121球)を投げた。
ライアン・ブラウン 左翼手

| WAR | 試合 | 安打 |
| 47.2 | 1766 | 1963 |
| 本塁打 | 打点 | 盗塁 |
| 352 | 1154 | 216 |
長打が光った外野手だ。メジャー1年目の2007年から2012年までの6シーズンで202本塁打をマーク。2011年は33本塁打、OPS.994をマークしMVPに選ばれた。14年間のキャリアのすべてをブルワーズでプレーし、通算本塁打数の球団記録を保有している。
エド・ウィットソン 先発投手

| WAR | 試合 | |
| 21.3 | 452 | |
| 勝 | 敗 | セーブ |
| 126 | 123 | 8 |
| 防御率 | 三振 | K/BB |
| 3.79 | 1266 | 1.81 |
代名詞の「パームボール」を武器に打者を翻弄した右腕。ヤンキースでプレーした1985年にビリー・マーティン監督(当時)と殴り合いの喧嘩を起こし、ろっ骨を骨折。シーズン終了後にマーティン監督は解任され、ウィットソンも翌シーズン途中にトレードで放出された。被本塁打が多かった。
ジェイ・ベル 二塁手

| WAR | 試合 | 安打 |
| 37.2 | 2063 | 1963 |
| 本塁打 | 打点 | 盗塁 |
| 195 | 860 | 91 |
安定して試合に出続けた内野手。メジャー13年目の1997年にFAとなり、誕生したばかりのダイヤモンドバックスに加入。1998年の開幕戦、すなわちダイヤモンドバックスのファースト・ゲームに「2番・遊撃」で出場した。このシーズンは155試合で20本塁打を放ち、チームトップの3.9WARをマークした。
ジェイソン・ベイ 左翼手

| WAR | 試合 | 安打 |
| 24.7 | 1278 | 1200 |
| 本塁打 | 打点 | 盗塁 |
| 222 | 754 | 95 |
2004年に26本塁打、OPS.907をマークし、球団史上初の新人王に輝いた。通算でOPS.841をマークしているように、コンスタントに結果を残し続けた。優れた成績を収めたカナダの野球人に贈られる「ティップ・オニール賞」を3度受賞している。
ジム・エドモンズ 中堅手

| WAR | 試合 | 安打 |
| 60.4 | 2011 | 1949 |
| 本塁打 | 打点 | 盗塁 |
| 393 | 1199 | 67 |
攻守で異彩を放った左打ちの外野手。1993年から7シーズンにかけてエンゼルスでプレー。カージナルスに移籍した2000年には3番打者として42ホーマーをマークした。守備ではケガを恐れないハッスルプレーを見せ、計8度のゴールド・グラブ賞を獲得している。2010年はレッズに在籍。9月のブルワーズ戦でホームランを放るも、ベースを一周した際に右脚のアキレス腱を断裂。このケガが致命傷となり、現役生活にピリオドを打った。
ウバルド・ヒメネス 先発投手

| WAR | 試合 | |
| 20.4 | 329 | |
| 勝 | 敗 | セーブ |
| 114 | 117 | 1 |
| 防御率 | 三振 | K/BB |
| 4.34 | 1720 | 2.03 |
剛速球で打者を制圧したロッキーズのエース。2010年には221.2イニングを投げて19勝、214奪三振をマーク。4月のブレーブス戦では、球団史上初となるノーヒットノーランを達成した。ロッキーズでノーノーを達成した投手は、ヒメネスだけである。
ラリー・パリッシュ 三塁手

| WAR | 試合 | 安打 |
| 15.7 | 1891 | 1789 |
| 本塁打 | 打点 | 盗塁 |
| 256 | 992 | 30 |
パワーある三塁手。エクスポズ(現ナショナルズ)時代の1979年には30本塁打、OPS.909の好成績を残し、MVP投票で4位にランクインした。レンジャーズでプレーした1982年には、1週間で満塁ホームランを3本も放つ離れ業をやってのけた。これは、メジャーでも2例目の珍記録だった。晩年は東京ヤクルトと阪神タイガースでもプレーした。
マイク・ローウェル 三塁手

| WAR | 試合 | 安打 |
| 24.9 | 1601 | 1619 |
| 本塁打 | 打点 | 盗塁 |
| 223 | 952 | 30 |
ボールの見極めに長け、三振の少ない打者だった。マーリンズでプレーした2003年に32本塁打、105打点をマークしてシルバースラッガー賞を受賞した。2007年にはレッドソックスでプレーし、松坂大輔、岡島秀樹らとともにワールドシリーズ制覇を達成した。
村上雅則 リリーフ投手

| WAR | 試合 | |
| 1.5 | 54 | |
| 勝 | 敗 | セーブ |
| 5 | 1 | 9 |
| 防御率 | 三振 | K/BB |
| 3.43 | 100 | 4.35 |
野球留学の名目で、1964年にジャイアンツのマイナーリーグに参加。めきめきと頭角を現し、9月にはメジャー契約を結ぶに至った。9月1日のメッツ戦に3番手として登板し、日本人として初めてメジャーのマウンドにあがった。デビュー戦は1イニング無失点と上出来で、先頭のチャーリー・スミスから見逃し三振を奪った。
村上は「マッシー」の愛称で親しまれ、2シーズンで54試合に登板。帰国後は南海ホークス、阪神タイガース、日本ハムファイターズで活躍した。
リック・ウィルキンス 捕手

| WAR | 試合 | 安打 |
| 14.0 | 720 | 515 |
| 本塁打 | 打点 | 盗塁 |
| 81 | 275 | 9 |
ジャーニーマンとして、数々のチームでプレーした捕手だ。カブスでデビューし、メジャー3年目の1993年には30本塁打をマークした。チッパー・ジョーンズと同じ高校(フロリダ州のボレス・スクール)を卒業している。
アーロン・ヘイルマン リリーフ投手

| WAR | 試合 | |
| 1.6 | 477 | |
| 勝 | 敗 | セーブ |
| 35 | 46 | 16 |
| 防御率 | 三振 | K/BB |
| 4.40 | 548 | 2.14 |
メッツのセットアッパーとして活躍し、2006年から3年連続で70試合に登板した。曲がりの鋭いシンカーやチャンジアップで多くの空振りを奪った。