- 2025/12/04 15:09
12月31日、スマホゲーム「MLB PRO SPIRIT」でガチャシリーズ「LEGEND第3弾」がスタートした。
同ゲームは、現役のメジャーリーガーを獲得・育成し、自分だけのチームをつくることができるもの。日本では「メジャスピ」の呼び名で親しまれており、数々のイベントやガチャを楽しむことができる。
「LEGEND 」シリーズは各チームの球史に名を刻む“レジェンド”たちが登場するもの。この記事では、ナ・リーグの15球団から登場するレジェンドたちの功績を振り返る。
ナ・リーグ西地区
【LAD】エリック・ガニエ 抑え投手

ガニエは剛速球とチェンジアップでゲームを締めくくったエリート・クローザーだ。
2003年は球史に名を残すシーズンとなった。シーズン序盤からセーブを積み重ね、最終的に55セーブをマーク。セーブ成功率は100%で、ガニエがマウンドにあがれば「ゲームセット」も同然だった。結果的に、リリーフとしてサイ・ヤング賞を受賞した。
2002年8月から2004年7月まで「84試合連続」でセーブに成功。これは現在でもメジャーリーグ・レコードである。引退後にステロイドの使用を認め、輝かしいキャリアに影を落とした。
| 査定年度 / 2003年 | ||||
| 登板 | セーブ | 防御率 | 奪三振 | K/BB |
| 77 | 55 | 1.20 | 137 | 6.85 |
| 通算成績 | ||||
| 登板 | セーブ | 防御率 | 奪三振 | K/BB |
| 402 | 187 | 3.47 | 718 | 3.18 |
【SD】シト・ガストン 中堅手

ガストンは、創設間もないパドレスで奮闘した外野手だ。キャリア全体では平均的な成績に終わったが、1970年は打撃が開眼し29本塁打をマーク。パドレスの選手としてはじめてオールスターに選出された。
引退後はブルージェイズで監督を務め、1992年からワールドシリーズ2連覇を成し遂げた。
| 査定年度 / 1970年 | ||||
| 試合 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | OPS |
| 146 | 29 | 93 | 4 | .907 |
| 通算成績 | ||||
| 試合 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | OPS |
| 1026 | 91 | 387 | 13 | .695 |
【SF】ウィル・クラーク 一塁手

クラークはジャイアンツの3番打者として活躍した一塁手だ。コンパクトで洗練されたスイングからボールを広角に打ち返し、常にハイアベレージをマークした。
メジャー2年目の1987年にはパワーヒッティングを習得し35本塁打をマーク。チャンスにめっぽう強く、15年間のキャリアのうち7シーズンで90打点以上をマークした。
自身の息子が自閉症であることから、引退後は自閉症を専門とした支援活動をおこなっている。
| 査定年度 / 1987年 | ||||
| 試合 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | OPS |
| 150 | 35 | 91 | 5 | .951 |
| 通算成績 | ||||
| 試合 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | OPS |
| 1976 | 284 | 1205 | 67 | .880 |
【ARI】スティーブ・フィンリー 中堅手

フィンリーは走攻守の三拍子が揃った「5ツール・プレイヤー」として活躍した外野手だ。1999年にダイヤモンドバックスに加入すると、本拠地「チェイス・フィールド」の打者有利な環境を味方につけ34本塁打をマーク。フィンリーの活躍により、ダイヤモンドバックスは創設2年目にして地区優勝を達成した。
| 査定年度 / 1999年 | ||||
| 試合 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | OPS |
| 156 | 34 | 103 | 8 | .861 |
| 通算成績 | ||||
| 試合 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | OPS |
| 2583 | 304 | 1167 | 320 | .775 |
【COL】ラリー・ウォーカー 右翼手

ウォーカーは主にエクスポズとロッキーズで活躍したレジェンドだ。走攻守のすべてを高いレベルでこなし、首位打者を3度、ゴールドグラブ賞を7度も獲得した。
ロッキーズに在籍した1997年にはリーグ最多の49本塁打をマーク。同年に記録したWAR(9.8)とOPS(1.172)は現在もチームのシーズン記録である。
ウォーカーは通算で「打率.300」「出塁率.400」「長打率.500」をクリアした数少ない選手であり、引退後はカナダ出身者として、またロッキーズに在籍した選手としてはじめて米野球殿堂入りを果たした。
| 査定年度 / 1997年 | ||||
| 試合 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | OPS |
| 153 | 49 | 130 | 33 | 1.172 |
| 通算成績 | ||||
| 試合 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | OPS |
| 1988 | 383 | 1311 | 230 | .965 |
ナ・リーグ中地区
【MIL】クリス・ボシオ 先発投手

ボシオはマリナーズとブルワーズで活躍した先発右腕だ。スピードよりコントロールで勝負し、余計な四球を一切出さなかった。特に1989年はピッチングが冴え、234.2イニングで15勝、防御率2.95をマーク。同年の与四球割合は5.0%だった。
引退後はカブスの投手コーチとして辣腕を振るい、ジェイク・アリエッタやカイル・ヘンドリックスらの才能を開花させた。
| 査定年度 / 1989年 | ||||
| 登板 | 勝 | 防御率 | 奪三振 | K/BB |
| 33 | 15 | 2.95 | 173 | 3.60 |
| 通算成績 | ||||
| 登板 | 勝 | 防御率 | 奪三振 | K/BB |
| 309 | 94 | 3.96 | 1056 | 2.20 |
【CHC】ロン・サント 三塁手

サントはカブスの歴史における最高の三塁手だ。パワーと選球眼を兼ね備え、1964年から4年連続で30本塁打をクリア。1966年からは3年連続でリーグ最多四球を記録するなど、圧倒的なアプローチを誇った。
守備では1964年から5年連続でゴールドグラブ賞を獲得。状況判断に優れ、1967年には393捕殺をマークした。
10代の頃から糖尿病に苦しみ、引退後に両脚を切断した。背番号「10」はカブスの永久欠番となっている。
| 査定年度 / 1967年 | ||||
| 試合 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | OPS |
| 161 | 31 | 98 | 1 | .906 |
| 通算成績 | ||||
| 試合 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | OPS |
| 2243 | 342 | 1331 | 35 | .826 |
【CIN】ジョニー・ベンチ 捕手

ベンチは球史に燦然と輝く名捕手だ。パワーを武器に本塁打を量産し、1970年には45本塁打、148打点で打撃二冠を達成。20世紀のメジャーリーグにおいて、本塁打王に輝いた捕手はベンチのみだ。
守備では強肩を活かしてランナーを刺しまくり、メジャー2年目の1968年から10年連続でゴールドグラブ賞を獲得した。70年代にはピート・ローズやジョー・モーガンらとともに、チームに黄金期をもたらした。エリート揃いのラインナップは「ビッグ・レッド・マシン」と称された。
現在では当たり前となっているが、捕手が投球を片手で捕る「ワンハンド・キャッチ・スタイル」を確立したのはベンチだ。それまでは、捕手は両手で球を受けていた。
| 査定年度 / 1970年 | ||||
| 試合 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | OPS |
| 158 | 45 | 148 | 5 | .932 |
| 通算成績 | ||||
| 試合 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | OPS |
| 2158 | 389 | 1376 | 68 | .817 |
【STL】ジャック・クラーク 一塁手

クラークは超人的なパワーで本塁打を量産したスラッガーだ。その怪力から「切り裂きジャック」の異名を持ち、コンタクトした打球は軽々とフェンスオーバーした。
デビューから10年間をジャイアンツで過ごし、1985年からカージナルスに移籍。1987年には35本塁打、OPS1.055をマーク。勝負を避けられることも多く、リーグ最多の136四球を選び、四球割合は24.3%に達した。
2020年には死亡説が流れたが、現在も健在である。
| 査定年度 / 1987年 | ||||
| 試合 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | OPS |
| 131 | 35 | 106 | 1 | 1.055 |
| 通算成績 | ||||
| 試合 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | OPS |
| 1994 | 340 | 1180 | 77 | .854 |
【PIT】ビル・マドロック 三塁手

マドロックは天才的なバットコントロールで安打を量産した三塁手だ。毎年のように打率ランキング上位に名を連ね、キャリアで4度の首位打者に輝いた。
1988年にはプロ野球のロッテ・オリオンズ(現ロッテ)でプレーした。
| 査定年度 / 1982年 | ||||
| 試合 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | OPS |
| 154 | 19 | 95 | 18 | .856 |
| 通算成績 | ||||
| 試合 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | OPS |
| 1806 | 163 | 860 | 174 | .807 |
ナ・リーグ東地区
【PHI】グレッグ・ルジンスキー 左翼手

ルジンスキーは球界屈指の長距離砲として名を馳せた左翼手だ。キャリアハイは1977年で、一時は三冠王を射程圏内に捉えていた。最終的に打率.309(リーグ8位)、39本塁打(リーグ3位)、130打点(リーグ2位)でシーズンをフィニッシュした。
現役引退後は、フィリーズの本拠地「シチズンズ・バンク・パーク」にてバーベーキュー店を開業。現在も、本人が店頭で肉を焼いている。
| 査定年度 / 1977年 | ||||
| 試合 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | OPS |
| 149 | 39 | 130 | 3 | .988 |
| 通算成績 | ||||
| 試合 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | OPS |
| 1821 | 307 | 1128 | 37 | .840 |
【NYM】クレオン・ジョーンズ 左翼手

ジョーンズはアスリートタイプの外野手で、1969年には打率.340のハイアベレージをマーク。当時「弱小球団」と呼ばれたメッツを支え、球団史上初のワールドシリーズ制覇に貢献。エースのトム・シーバーとともに「ミラクル・メッツ」の立役者となった。
| 査定年度 / 1969年 | ||||
| 試合 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | OPS |
| 137 | 12 | 75 | 16 | .904 |
| 通算成績 | ||||
| 試合 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | OPS |
| 1213 | 93 | 524 | 91 | .744 |
【MIA】アル・ライター 先発投手

ライターはカッターを武器にマーリンズのエースに君臨した左腕だ。研究熱心な性格で、打者のウィークポイントを巧みに見抜く〝頭脳派〟でもあった。
ブルージェイズからマーリンズへ移籍した1996年には200イニングと200奪三振を同時にクリア。5月のロッキーズ戦では、マーリンズ史上初のノーヒットノーランを達成した。
息子はレンジャーズのジャック・ライター。甥っ子はアスレチックスのマーク・ライター・ジュニア。
| 査定年度 / 1996年 | ||||
| 登板 | 勝 | 防御率 | 奪三振 | K/BB |
| 33 | 16 | 2.93 | 200 | 1.68 |
| 通算成績 | ||||
| 登板 | 勝 | 防御率 | 奪三振 | K/BB |
| 419 | 162 | 3.80 | 1974 | 1.70 |
【ATL】ロン・ガント 左翼手

ガントはパワーとスピードを兼ね備えたエリート外野手だ。1990年から2年連続で「30-30」をクリア。1993年にはキャリアハイの36本塁打、117打点をマークした。
しかし、同年のオフにバイク事故を起こし、1994年シーズンを全休。1995年にレッズで復活し、2003年にアスレチックスでユニフォームを脱いだ。
| 査定年度 / 1993年 | ||||
| 試合 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | OPS |
| 157 | 36 | 117 | 26 | .854 |
| 通算成績 | ||||
| 試合 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | OPS |
| 1832 | 321 | 1008 | 243 | .803 |
【WSN】アル・オリバー 一塁手

オリバーはライナー性の打球を持ち味とするヒットメーカーだ。1982年からエクスポズ(現ナショナルズ)に移籍すると、35歳にしてリーグ1位の打率(.331)、打点(109)、安打(204)、二塁打(43)を記録。
| 査定年度 / 1982年 | ||||
| 試合 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | OPS |
| 160 | 22 | 109 | 5 | .906 |
| 通算成績 | ||||
| 試合 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | OPS |
| 2368 | 219 | 1326 | 84 | .795 |