存命中最高齢の元メジャーリーガー、100歳で逝去 ミッキー・マントルと同僚、相部屋はヨギ・ベラ

投球をする現役時代のシャロック氏(パブリックドメイン)

1924年、カリフォルニア州生まれ

 メジャーリーグの〝生き証人〟が旅立った。『MLB.com』は3月8日(日本時間9日)、ヤンキースなどで投手としてプレーしたアート・シャロック氏の訃報を報じた。享年100歳。存命する元メジャーリーガーのうち、最高齢の人物として知られていた。

 シャロック氏は1924年4月にカリフォルニア州で生まれた。地元の高校を卒業してから3年間、米軍に従事。航空母艦の通信士として、硫黄島の戦いや沖縄戦へも出向いた。

 終戦後の1947年、ブルックリン・ドジャース(現ロサンゼルス・ドジャース)とマイナー契約を結んだ。当時のドジャースはメジャー1年目のジャッキー・ロビンソンのほか、ロイ・キャンパネラドン・ニューカムなどが在籍している。

ミッキー・マントル、ヨギ・ベラと同僚に

 シャロック氏はドジャースでメジャーに昇格することなく、1951年にヤンキースへトレードで移籍。当時のヤンキースは投手陣が弱く、シャロック氏は移籍後すぐにメジャー初昇格を果たした。

 このとき、シャロック氏と入れ替わる形でマイナー行きとなったのが、プロ3年目のミッキー・マントルだ。言うまでもなく、マントルはのちにヤンキースの中心選手に成長し、スイッチヒッターとして歴代最多の536本塁打をマークすることになる。

 移籍1年目のシャロック氏は11試合に登板。3勝1敗、防御率3.88を記録した。

 ヤンキースへ移籍後、シャロック氏とルームメイトとして共同生活を送ったのが、ヨギ・ベラだ。ベラといえば風変わりなキャラクターや迷言で知られているが、3度のシーズンMVPを獲得し、殿堂入りも果たした名捕手だ。

 シャロック氏も米スポーツメディアの取材に「ヨギはア・リーグの打者のことならなんでも知っていた。その打者への攻め方や弱点などを惜しみなく教えてくれた。ヨギはとても頭が良くて、素晴らしい人だった」と述べている。

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ヤンキースは3度の世界一に

 シャロック氏は、メジャーとマイナーを往来しつつ、ヤンキースに5シーズン在籍した。その間、3度のワールドチャンピオンを経験している。

 1953年、ドジャースと対決したワールドシリーズでシャロック氏は、第4戦に救援登板。キャンパネラに四球を与えたのち、デューク・スナイダーにタイムリーを浴び1失点している。

 1955年、開幕直後にウェーバーとなりオリオールズに移籍。オリオールズではキャリアハイの30試合に登板し3勝をあげた。このシーズン以降、メジャーに昇格することはなく現役を引退。メジャー通算で58試合、6勝7敗、防御率4.02という成績だった。

 シャロック氏の逝去により、メジャーでプレー経験のある人物で最高齢は、現在100歳のビル・グリーソン氏(1924年9月生まれ)になるという。グリーソン氏はニグロリーグからメジャー入りし、1年だけセントルイス・カージナルスでプレーした元投手だ。

 マントルやヨギ・ベラなど、往年の名選手との思い出を語り継いだシャロック氏。その功績は計り知れない。