- 2025/03/28 08:00
パイレーツ、アンドリュー・マカッチェンが本塁打数で球団歴代3位タイ ロベルト・クレメンテに並ぶ
レジェンドに並んだ。6月1日(日本時間2日)、パイレーツのアンドリュー・マカッチェンがパドレス戦に「2番・指名打者」で出場。同点で迎えた4回に、ランディ・バスケスから第5号ソロホームランを放った。この一発でマカッチェンはパイレーツ通算240号とし、球団本塁打数でロベルト・クレメンテに並ぶ歴代3位タイに浮上した。
17年間のキャリアのうち、パイレーツで12年目を過ごすマカッチェン。2012年にはリーグ最多となる194安打を放ち、翌年には打率.317、21本塁打、wRC+156を記録。チームを21年ぶりのプレーオフに導き、シーズンMVPに選出された。まさに〝パイレーツの顔〟とも言える存在だ。
2018年の開幕前にトレードでジャイアンツに移籍し、同シーズン途中にヤンキースへトレードされた。その後、フィリーズ、ブルワーズと渡り歩き、2023年にパイレーツに復帰。同年の6月には2000本安打を達成している。キャリア通算で324本のホームランを放っているマカッチェン。パイレーツでの240本以外では、ジャイアンツで15本、ヤンキースで5本、フィリーズで47本、ブルワーズで17本となっている。
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クレメンテはパイレーツで活躍し、4度の首位打者に輝いた外野手。プエルトリコ出身で、メジャーリーグにおけるヒスパニック系の先駆者的存在だ。
1972年に通算3000本安打を達成したが、その年のオフにニカラグア地震が発生。クレメンテは救援物資を届けるために航空機に乗り込んだが、カリブ海に墜落して亡くなった。通常は引退から5年が経過しないと候補にならない米野球殿堂だが、特別措置により、翌年の1973年に殿堂入りを果たした。
パイレーツ史上もっとも多くの本塁打を放ったのは、通算475本を記録したウィリー・スタージェル。クレメンテと同じ時期にパイレーツでプレーした外野手で、1960年代のパイレーツは、右翼がクレメンテ、左翼がスタージェルがお決まりのパターンだった。スタージェルは通算1540打点を記録しており、こちらも球団記録となっている。